意志を持つイベント

昨日は、宮崎オーガニックフェスティバルに行ってきました。

マーケット系イベントはイロイロありますが、すごくオモシロいなーーと思ったイベントでした。

オーガニックの定義は様々なんでしょうが、基本理念として「オーガニック」という名のもとに集結し、皆さんこれまでも個々に活動されてきて、朗らかながらも、個々に意志とストーリー・主張を持っている。

そういう「個」の力強さが集結した時の、大きなパワーになっている気がしました。

「コラボレーションイベント」ってのは、「政党」みたいなもんで、思想が完全に合致することはないにしても、近いものがあるとか、主張を連携させることでもっと強烈な主張に変えるとか、
そういう意志・意図を持った連携は、強烈なカタマリになり、賛同しようがしまいが、ココロ動かされるパワーを持ちますね。

商業で有る無しに関わらず、何となく「集まってなんかしよう」とか「単に集客したい」みたいな、意志や主張を持たない連携は、パワーが弱い。))

仕事ではありませんが、以前 旧ギャゼットでみんなでやったイベントとか、ヒカル君とやった日本人展とか、地味やし集客も少なかったけど、今、映像や写真みても、パワー感じるし、オモロい連携やったなーーと思います。
【MissingLink展-2009年】

【日本人展-2009年】
私の歴史観的や政治観は、あれからまた色んな情報を見聞きし、ブレまくってますが(苦笑)))

ブレまくってる私ですが(笑)、ローカルとか地域性とかアイデンティティ的なものに対しては、以前よりも更に魅力と執着を持つようになっていて、それは、私の商業デザインやブランディングの仕事にも大きく影響し、突き動かされる原動力になっています。

当分は、仕事の中で頑張っていこうと思っていますが、共感と連携する意義があれば、仕事以外でもジョイント的なことをやってみたいなーーという気持ちもあります。

しかし、伝えようとすると、本当にすごくすごくエネルギーが必要で、1〜2ヶ月は仕事放っておいて、やる覚悟が必要なので。。。

簡単にはできんやろうなーーー))ぶつぶつ。。

とりとめもない日記になりました。

つまり、オーがニックフェスティバル、楽しかったです!!

 

ホーム

「ホーム」ってすごいと思った。

先日行った二輪車さんリトルクラフトさんも、他所で会った時(アウェイ)と、彼らの陣地(ホーム)で会う時とは、別人と思えるくらい、ホームでカッコいい。

これはものづくり系の人に言えるのかもしれないけど、彼らの「ホーム」では、その土地と、建物と、モノと、空気と、本人とが織りなした空間が、その人が何を好きなのかとか、どういう思想なのかとか、何を大事にしてるのかとか、色んなことを現してくれるからかな。

二輪車さんが住む国富の山の中も、リトルクラフトさんの住む街の中の洋館も。それぞれの空気感があって、今まで知らなかった彼らの何かが見えた気がして、すごく面白かった。

引っ越し前の3848さんのホームは、3846パワーが強すぎて、オラはそれに打ち負かされそうになって、できるだけ喫茶店とかばっかで会ってたな(笑)

つまり「ホーム」とは、その人が強烈に現れる場所なんやね。
おもろいね。

ホームにいる自分と、外にいる自分との違いは、自分自身では分からないものなのかも。
オラは、オラのホームで、どう見えるんだろ??

二輪車さんのホーム

リトルクラフトさんのホーム

3846さんの引っ越し前のホーム(引っ越し作業中)

↑3846さんのブログから失敬しました。怒らんでね★

そしてオラのホーム。ただし、7年前(汗))

日本古来の発酵食品

日本古来の発酵食品、
酒・塩・酢・味噌・醤油
、本味醂・ぬか漬け・たくあん・甘酒…

日本は、発酵食品の文化が古くから盛んだったのだそうですが、なぜかというと、発酵する際に必要な酵母やカビなどの「菌・微生物」は、ある程度の水分や湿気のあるところでないと繁殖できないため、高温多湿な気候の日本にとても適しているのだそうです。

中でも、植物性の発酵食品は高温多湿な国々、日本をはじめ、東南アジアで伝統的に作られ、

また、動物性の発酵食品ヨーロッパなどの牧畜民族の間で伝統的に愛飲されてきたそうです。

日本の漬物は8世紀の書物にも書かれているそうですから、それ以前から存在し、少しずつ形を変えながらも、現代まで受け継がれてきたのですね。

発酵文化は、その土地の風土や文化を反映した、地域のオリジナリティ

食は最も身近な文化ですから、 できるだけ日常に取り入れて、継承していきたいなぁと思いました。

よすが

よすがという言葉があります。

万事、何事においてもの、

適切な手がかり、手段に属す、具体性を意味する。美しい日本語。

人類は生を享(う)けた風土に決定づけられ生きねばなりません。

もののあわれの根源かもしれません。

発酵食品は、海に囲まれた島国の、高温多湿を生きてゆきやすく生きるため、

ほとんど自然発生的に勘考し、仕上がった骨肉の一種、

生きてゆく上での仲間とも言えます。

酒・味噌・醤油。沢庵、糠漬け、各種糀漬け、粕仕事の数々。

あって当たり前のゆえに、

粗略しても失わぬと、勘違いしているところはないか、反省。

「もの」に見放されるのは、

「人」に見放されるよりおそろしい。

取り返しのつかぬこともあります。

いのちを守るのは、自分以外にありません。

 

文:辰巳芳子


ここ数年、農業や食べ物関係のお仕事のご縁が多いのですが、
今年に入って特に、”栄養”や”食文化”などについて学ぶ機会が多く、今まで健康にも栄養にも無頓着だった私は、目からウロコの連続であります))

今日は「漬物」や「発酵食品」について、調べものをしていたところ、雑誌クロワッサンに掲載されていた”辰巳芳子さん”という方の文章がとても印象に残りました。
失礼してここに転載させていただきました))

 心がじんわりしました。
ありがとうございました。