とどのつまりのつまり


3年前の8月にも、同じようなことを考えてたんだと気づきました。(↑3年前に描いたラクガキ)
3年前からあまり変わっとらんのかなとも思いましたが、想いをちゃんと絵に描いていただけ、3年前の方がマシだなと思いました。
堂々巡りや。いいかげん、このスパイラルから脱皮や。
進化してるつもりが、また退化しとった。
抜け出したつもりが抜け出せてへん。
もう誰か助けてーーーって感じですが、
自分のことは自己責任なので、自分で何とかします。アセアセ
まだしばらく闇に籠っときます。

とどのつまり

悩み考えた結論だけ書くブログです。
結局、どんな形であれ、やっている人はすごいですよ。
ちゃんと生きていってるだけで、もうなんだか、みんなスゴいなって、思えてきました。
ああ、ようやく、楽しい絵が描ける気がしてきました。

新潟へ帰ろう

「新潟に帰ろう」と思った。
ちょっと過酷な方法で、一人旅。
一日だけ京都に寄ろう。それから新潟。
そして東北の被災地へ行ってみたい。
父に「被災地を廻りたい」と言ったら、一緒に付き合ってくれるとのこと。
酒と登山と運転が好きで、九州にも何回か車でやってきた。
協調性がないことを母にいつも非難されていたが、譲歩せずに、信念で仕事と闘ってきた、頑固でタフな父だ。
このタイミングで一緒に廻れることを、とてもありがたく思う。
被災地に行って、意識がどう変わるのかわからないけれど。
それすらも、行って確かめたい。
アウトプットに移行しようと思いつつ、
インプットの日々が続くのであります。

アイデンティティ

最近「アイデンティティ」について、考える機会が多いです。
「アイデンティティ」という言葉にとらわれているというより、
感情を大きく揺さぶる要因を探っていったら、「アイデンティティに起因しているんだ」と気づいたというのが正確ですが。
「家系」とは、一つのアイデンティティであり、
規模が変わると、地域、国、民族etc…になるのでしょうね。
アディンティティとは、宗教体のようなものかもしれません。
アイデンティティについては、普段その中で暮らしていると考えを深めないもので、時には知らず知らずに自身がソレを否定していたりすることもあるのだけれど、
そのアイデンティティの外に出た時や、属さない人にソレを虐げられたり傷つけられた時は特に、強烈にそのアイデンティティの存在を意識するものです。
アウェイ感が強い状況で、特に意識するのだと思います。
親しい人や好きな人であればあるほど、自分のアイデンティティを認めて欲しいと思ってしまうし、
虐げられたり傷つけられると、理屈を超えて、怒りとか憎しみなどの情念がこみ上げてくるものなんだと思います。
傷つけられると、逆上して、その人のアイデンティティを全否定したくなります。
100%理解してもらえなくても、
尊重してもらうだけで、救われるもので、
慈しんでもらえると、すごく嬉しいものです。
どこをどう「自己同一性」とみなすかは、
血による先天的なものなのか、育った環境や意識による後天的なものなのか、または両者に起因するのか、まだ十分に考えを深められていませんが、
一旦アイデンティティと感じたからには、もはや理屈を超えて「情念」になりますから、
例えば、民族・人種の紛争などは、時に戦争をも引き起こす力になるのでしょうね。
それくらい、実は 強烈な情念 なんだと思いました。

高橋是清さん

NHKオンデマンドで、最近は”歴史もの”を好んで観ています。
歴史に長く名を残す先人というのは、立派な方だなぁ〜としみじみ思います。
本日は「その時歴史が動いた ダルマ大臣・高橋是清 経済危機と格闘す」を観ました。
「坂の上の雲」や今回NHKオンデマンドで観た程度の知識ではありますが、立派な方だなぁ〜〜と思いました。
※興味がある方は調べてみてください。不親切な日記でスミマセン ))
是清氏が、死の9ヶ月前に、ラジオを通じて子どもたちに語りかけたメッセージを書き出してみました。
皆さんが普段心をひきしめて
家にあっては父母の教え
学校においては先生の教えをよく聞き、よく守り、
お互いに良き友だちとなりあって
親切に交わり
勉強に精を出し
また常に運動をも怠らず
心も体も
丈夫に育ち
将来
国家のお役に立つ
立派な人となられるように
私は神様に
祈ってやまないので
あります
私ども老人は
皆さんに対して
こんな望みとを抱いて
先々を楽しんでおるのであります
私のお話しはこれで終わります
さようなら

彼の生き方を見ても思うのですが、
私利私欲ではなく「公」のために生きた方だという印象を受けます。
戦後は、教育も憲法も「個人の自由と権利」が中心ですから、公のために働くという価値観は重要とされていません。
そんな教育下で育った我々ですから、
管総理が保身に走るのも、ある意味、然るべきことなのかなと思った次第です。
政治家は国民の鏡といいますから。
微力ながらも、国や公のために生きれる人になりたいです。
我が子も、公のために働く人になって欲しいです。
がんばります。