「策を練る人」と「絵を描く人」

昨夜はSさんと久々にお酒をご一緒させていただき、色々語り、楽しいひと時を過ごしました。
無二の理解者であるいのいのさんもそうですが、オリジナルブランドに一生懸命だった当時から応援してくださり、思想も作品も、私をよく理解してくださる方々です。

また今日、YUちゃんに「家族みんな、アヤさんのアニメーションが好きです」と言われたのも、何だかすごく嬉しくてですね。

なんといいますか、ここ数年、作品らしきものは全く作れずにいる私ですが、私が描くものを好きでいていただけることは、この上ない喜びであり、その言葉や存在に救われますし、元気をいただける皆さんです。ありがたいなぁと思います。

 

最近はお客様のブランド・販促の企画やディレクションの仕事が中心になり、自らの思いを現したり、描いたり…という機会が減りました。

それは私自身が「仕事」として選んだことで、参謀としてお客様、特に農業の皆さんのお手伝いをするお仕事は、私の使命とも思っています。大変やり甲斐があり、やる意義があると信じています。

お客さんの商品が売れたり、喜んでいただけると心から嬉しいです。
もっともっと力をつけて、後方で支援できるよう、頑張らねばと思います。

でも、私が描くものを好いていてくださる言葉はやっぱり嬉しくて、この人たちに触れると、「描きたいなぁ」という思いに揺さぶられます(笑)

 

私にとって「描く」という行為は、心と一体ですから、作戦・戦略なきものであらねばなりません。

戦略を持った絵は、見る人に対し驕り高ぶったものになり、「欺くもの」になり、すなわち「偽り」であります。

肝要なのは、ただただ「正直に現すこと」。

だから、描くことを仕事にするのは無理だと思いました。

そのかわり、プライベートで思う存分描けばいいと思いました。

そう思っていたのに、プライベートでも描けなくなりました。

時折つくって現したい衝動にかられるのですが、心が震えるほどのものをつくるに至りません。

 

今日ふと、それは脳のスイッチが「策士脳」になっているからかも…..と気づきました。

きっと心を全て解放しきれば描けるようになるのでしょうが…

描くことを仕事から外したのに、逆にそれが描くことを困難にしているとは、何とも難しいものですねぇ。

でもこの仕事を自ら選んだわけですから、中途半端に「現したい・描きたい」なんて思うことは、無責任で浅はかなことだと分かりました。

ここのところ、ずーっと「描けないのはなぜだろう」…と思っていたので、原因が分かって、スッキリしましたw

 

今は、仕事に励み、休日にスケッチを楽しみます。

ありがとうございました。

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